2018年10月20日土曜日

30回九九を唱える宿題が魔法の呪文ならばいいのに

 ハリー・ポッターの巻いているマフラーを編んでみようかと、ふいに思い立って、編み図を調べたりしています。反復だらけの宿題と決まり事だらけの学校生活でストレスフルな日々を送っている長女に、笑顔になってほしくて。いま、彼女をいちばん笑顔にしてくれるのはハリー・ポッターなので、ホグワーツに通いたい長女にグリフィンドール風マフラーを巻いてやりたくなりました。ここのところ眉間に皺をよせがちな長女の、天真爛漫な笑顔が見たいです。そういえば、ハリーが使っているみたいな羽のペンが欲しいとも言っていたから、それはサンタさんに頼んでみてはどうかと提案しよう。長女に編んだら次女も絶対必要なので、まだハリー・ポッターが分からない次女には自分で毛糸の色を選ばせよう。たぶんピンクだろうな。果たして実現なるか。
 実は中古で、ハリー・ポッターの本全巻も、買ってしまいました。いま長女が夢中だし、私も夫もまた読み返したりするだろうし、次女もそのうち読むし、あってもいいよねと夫と話して注文しました。届くのが楽しみです。私は2巻ぐらいまでしか読んでいないので、この機会に全巻読んでみようと思います。11冊も来るのだから、取り急ぎ本棚のスペースを確保しなくては。

2018年10月19日金曜日

泣き声を出さずに涙ながせたらもう戻れない昨日のわたし

 これまでワーンワーンと声を張り上げて泣いていた長女が、声を押し殺して泣くようになりました。うぐっ、うぐっと歯を食いしばって、ばたばた涙をこぼします。あふれる涙をぬぐうこともなく、頬をつたい床にこぼれ落ちていくのを見届けて、それでますます悲しくなって、ばたばたばたばた、涙をこぼし続けます。自分が悲しんでいるという事実を全方位に向けて主張する泣き方から、悲しみの理由を絞り出しそれに酔いしれるような泣き方に変わりました。これはもう、大人の泣き方です。大人の涙は、泣き止ませればそれでいいということでもないから、難しいです。
 最近急速に心が成長してきたらしい長女は、たったこの前過ぎ去ったばかりの幼児時代に憧憬を抱くようになり、不機嫌が極まると、幼稚園に戻りたい、赤ちゃんのままでいたかった、ずっと遊んでずっと甘やかされてたかった、ピーターパンになりたい、なんてことを言い出します。最近よく赤ちゃんのころの映像を見たがって流していたから、ボールをぽてっと投げただけでわーわー褒められていた赤ちゃん時代の自分が羨ましくなったのでしょう。だって今は、かけ算を全部間違えずに言えなければ、不合格なのだから。漢字のハネを一つ忘れただけで、点数を引かれるのだから。たった数年で、甘い甘い世界からなんと厳しい世界に身を置いていることか。幼稚園で毎日思い切り遊んで楽しんでいる幼児期真っ盛りの次女のことも、羨ましくてしかたながないようです。
 次女は、長女が羨ましがって怒るのも無理ないなと思うくらい、本当に毎日とても楽しそうです。お友だちもたくさんできて、できることも増えて、順風満帆の様子です。鉄棒やうんていが得意な次女は、うんていを毎日がんばって、昨日ついに手のひらにマメができて皮がむけ、そのマメを担任の先生に見せたら、手当てしながら「これは、次女ちゃんがいっぱいがんばったしるしだよ」と褒めてくださったらしく、次女はそれが嬉しくて誇らしくてたまらなかったようで、「うんていで、赤い色のところまで、行けるようになったんだよ。このマメは、がんばったしるしなんだよ」と、私にも長女にも夫にも同じ話をしていました。
 長女は腕の力が弱くて鉄棒もうんていも得意じゃないので、自分より次女のほうが上手にできることができたのだという事実にショックを受け、次女がしつこく話すのを聞いて耐えられなくなり、「自慢しないでよー」と泣き出してしまいました。姉なのに妹に何かで追い抜かれたときのショックや悔しさ、すごくよく分かります。うぐうぐ泣く長女に「お母さんだってお姉ちゃんだけど、○○ちゃんや○○ちゃん(私の妹)のほうが上手にできること、いっぱいあるよ。姉妹でも違う人間だから、それが当たり前だよ。お姉ちゃんだからって、なんでも妹よりも上手にできないといけないってことないんだよ」と話して聞かせると、「えー。そうだったのー? でもそれはもうちょっと大きくなってからにしてほしかったよー」と、ぼたぼた泣いていました。
 これからこういうことが増えてくるのだろうか。年が近い同性のきょうだいというのはどうしても、複雑な面もあるよなあ。なんでもかんでも競い合うのではなく、それぞれにこれは負けないということを見つけて、お互いを認め合える関係になればいいなと思います。

2018年10月17日水曜日

Hello, hello, hello, how low?

 大人になったら、もっとうまく自分をコントロールできるようになると思っていました。しかし現実は、むしろ30代に入ってからのほうが、気象やホルモンバランスに、感情を振り回されっぱなし、かき回されっぱなしで、本当の自分の感情がどこにあるのか、もはや分からないくらいです。
 そんな私の面倒な感情をいつでも深く受け止めてくれるのが音楽です。一昨日と昨日あたりはどうにもこうにも浮上できなくて、ニルヴァーナの『Smells Like Teen Spirit』とかsiaの『 Chandelier』とか『 Big Girls Cry 』とか、エンドレスリピートで聴いていました。映像も含めて大好きで、灰色気分が癒やされます。
 そしてすっきり気分爽快の今日は、ビートルズとスピッツを聴いています。秋はスピッツの味わいが増す季節です。 東京に住んでいたころ、一度だけSHIBUYA-AXというライブハウスで、スピッツのライブを見ました。それまでドームやアリーナなど座席のきちんと決まっているB'zのライブにしか行ったことのなかった私は、狭い空間で押し合いへし合いもみくちゃになりながら楽しむライブハウスの臨場感に度肝を抜かれ、打ち震えました。人の流れに身を任せるうちになぜかものすごく前の方にいて、すぐ近くで正宗さんが歌っていて、斜め下から見上げる正宗さんの姿、それはもう、すばらしかった! 首がとても太くて、首筋の血管や汗まではっきり見えて、そこから発せられる声は、CDで聴くよりずっとずっと力強くて太くてのびやかでした。あのとき本当に行けてよかったな。東京にいるうちに経験しておけてよかったことの一つです。
 スピッツ大好きなのだけど、スピッツを聴くとなんだか東京が恋しくなりすぎて、少し苦しいです。東京の思い出が、スピッツの音楽にぎゅっと詰まっています。大好きだった東京。東京にいた約10年間、ずっと夢の中にいたようにさえ思えてきます。怒ったり泣いたりうんざりしたことだってたくさんあったはずなのに、東京という言葉の響きが、そんなことも全部まるごと包んで無責任に美化してしまっています。

 音楽といえば、今日次女が、昔の『おかあさんといっしょ』のDVDを見たがって、ものすごく久しぶりに再生したら、だいすけおにいさんとたくみおねえさんが歌っていて、長女が赤ちゃんだった数年前に引き戻されたような気持ちになりました。今も『おかあさんといっしょ』は毎朝次女と見ているので現役のおにいさんおねえさんも大好きなのですが、やはり、だいすけおにいさんとたくみおねえさんに対しては、思い入れが違うのです。初めての育児で、長女と二人で長い時間を過ごし、あれもこれも不安で押しつぶされそうだったころ、毎日笑顔で歌ってくれるおにいさんとおねえさんに、どれほど救われたことか。今日はどんな歌が流れるだろうと、どれほど毎日、楽しみにしていたことか。あのころはCDも雑誌も買っていて、録画もしっかりして、もはや他人とは思えないくらい親しみを感じていました。もう本当に、一緒に子育てしてもらったような気持ちです。曲も全部懐かしくて、もうすっかり忘れていたはずのあのころの部屋の感じが、ぶわっと蘇ってきました。今日は次女と二人で見たけれど、長女とも見てみたいです。もうあまり覚えていないのかな。毎日あんなに歌ったけれど、長女の頭には日々新しいことがたくさんたくさん入っているから、忘れてしまったかな。私はあのころ聴いた曲たちを、たぶん一生忘れません。

 新しいドラマを楽しんでいます。毎日見ているのは朝ドラ『まんぷく』。朝は次女のEテレタイムで視聴できないので、録画したものを夜に夫と見ています。役者さんがみんな上手で、顔や声の表情に毎日ひきこまれます。
 それから『リーガルV』。林遣都目的で見てみたらストーリーが痛快で面白くて、来週も見よう!と思いました。写真でパッツン前髪の遣都くんを見たときは「なんてこった!」と思ったのですが、あれはあれで、可愛かった!写真より、演技をしているときのほうが100倍ステキです。ああ、可愛くてかっこよかった。ポチと呼ばれているのがまたなんとも言えずよい。だけど、それはそれとして、無性にまた牧くんに会いたくなります。
 あと、夫とたまたま途中から見た『今日から俺は』も、わりと面白かったです。原作を知らなくて、ヤンキーものはちょっといいや・・・と思って見るつもりなかったのですが、見てみたら全然思っていたのと違っていて、ふふっと笑いながら見ました。
 人間関係の複雑なドロドロしたのより、明るくて救われるドラマが見たい今日この頃です。お金や権力を持っている者ではなく、不器用ながらも実直に真剣勝負で生きている人間が報われる世界を、信じさせてくれるドラマが好きです。
 

2018年10月14日日曜日

日曜日

 長女が1年間通ったスイミング教室に退会届を出しました。1年間であまり泳げるようにならなかったことと、本人のやる気がなくなったことが主な理由です。本人がもうやりたくないというものをむりやり続けさせるほどの情熱はこちらにもないので、すっぱりやめさせることにしました。はじめての習い事。1年間お世話になった教室。ああこんなふうにしてもう終わっちゃうんだなと思ったら、寂しいような、ちょっともったいないような気持ちで、泣きそうになりました。当の本人は平気な顔をして、次に何を習いたいか考えています。そうだね、あくまで前向きに行こう。泳げるようにはならなかったけれど、多少体力はついただろうし、学校以外の教室へ自らの意思で通って学ぶという、とてもいい経験ができたと思います。弱音も吐かず淡々と、1年間よくがんばりました。
 
 日曜日。今日は『ハリー・ポッターと賢者の石』の映画を借りて観ました。一昨日、長女が原作を読み終えて、映画も見てみたいというので、熱の冷めないうちにと急いで借りたのでした。『ハリー・ポッターと賢者の石』は長女にとって、はじめての挿絵がない本でした。難しい言葉もちょこちょこ出てくるので、最初は「読んでると眠くなるー」と言っていましたが、読み進めるうちにだんだんと夢中になり、挿絵がないことなんて気にならなくなったようです。最後のほうは一気に読み終えて、間を置かず2巻に手を伸ばしていました。
 映画もとても面白かったみたいで、スネイプが長髪だったことがいちばん意外だったと言っていました。そのほかは想像通りだったのかな。見終えたあと、「ああー、長女もハリーみたいなスリルがほしい。空飛んでみたい。マグルはいやだ。ホグワーツに行きたい」と、ぼやいていました。あの映画を観ると、本当に魔法学校へ行ってみたくなります。USJに行くと、それなりの体験ができるのだろうか。行ったことのある下の妹に聞いてみよう。彼女はたしか、そのときに買った立派な杖を持っています。私も行ったら買ってしまいそうです。
 

2018年10月12日金曜日

ノンちゃん雲に乗る

 本を読んで、久しぶりにボロンボロン泣きました。悲しいストーリーではないのに、文章のあたたかさでこんなに泣いたのは、はじめてです。『ノンちゃん雲に乗る』。いまこの時期に出会えて本当によかったです。児童書だけれど大人でも十分に読み応えががある、というよりも、大人になってこのタイミングで読んだからこそ感動できたことが、たくさんたくさんありました。
 主人公のノンちゃんと、ノンちゃんのお兄ちゃんが、今現在の長女と次女に、性格も関係性もそっくりなのです。ノンちゃんは8歳で、自分のことをとてもおりこうな子だと思っていて、お家でも学校でもそんなふうに振る舞います。一方、2つ年上のお兄ちゃんはとにかく活発で好奇心旺盛で、それがしても良いことか悪いことか考えるよりも先に、興味関心の赴くまま動かずにはいられない男の子です。だからしょっちゅうお母さんやお父さんに叱られ、それでもちっともへこたれないお兄ちゃんのことを、ノンちゃんは、まったくしょうがない悪い子のお兄ちゃんだ、と思っています。ところが、ひょんなことから雲の上で不思議なおじいさんと身の上話をすることになったノンちゃんは、おじいさんと話をするなかで、その間違いに気づかされていきます。
 子どもの心を、こんなにも鮮やかに細やかに表現できる石井桃子という作家さんは、なんてすごいのだろうと思い、読み終えたあと、しみじみとそのすごさに感服してまた涙が出たほどでした。長女の心の中はこんなふうなんだ、次女の心の中はこんなふうなんだと、まるで、長女と次女の心に、それぞれ耳をあてて聞いているような気持ちで読みました。
 長女のことでちょうど手を焼いた日に読んだページの中で、雲の上のおじいさんが言った「子どもというものは、そうそう、人間のオキテばかりできめつけるわけにいかんもんでなあ・・・・・・。子どもには、いわばまだ生まれてくるまえの国、神様のお国の規則をあてはめてみなくちゃならんところが、たくさんあるのでなあ・・・・・・。」という言葉が、ものすごく身に染みました。本当にそうだなあと思います。自分が生んだ子どもでさえ、理解するのが、こんなに難しいなんて、思いませんでした。
 その、とても理解の難しいわが子たちに、この『ノンちゃん雲に乗る』は、もう一度出会わせてくれたような気がします。お腹から生まれたときが1回目、この本との出会いが、2度目の出会い。本当にそんなふうに言っていいくらい、長女と次女がどんな子どもなのか、この本がやさしく教えてくれました。
 つい先ほど最後まで読み終えて、感動して、パジャマの袖でぐしゃぐしゃ涙を拭いながら、すぐにこうして感想を書き始めたのですが、うまく感動を書き切れなくて、まとめられなくて、感想を書いてしまったことが、もったいないような気持ちさえします。でも、書かずにはいられませんでした。
 本当に、いま、このタイミングでこの本に出会えたことに、感謝します。だれに感謝すればいいのだろう。私に図書館通いの楽しさを教えてくれた夫と、石井桃子という作家さんを意識させてくれた長女と、ノンちゃんそっくりのおりこうさんな次女に。