2019年2月17日日曜日

わかってよ先生わたし鉄棒は世界がひっくり返るからイヤ

 今日は一家で温水プール施設へ行き、長女は夫と泳ぎの練習を、私と次女はそのそばでぷかぷかして過ごしました。1年ほど通ったスイミングをやめてしまったので、たまにこうして温水プールのある施設へ行って、練習することにしたのです。長女はまだちゃんと泳げないものの、やはり1年通っただけのことはあり、水にスーッと浮いたりバタ足で5メートルぐらい進むことは難なくできるようになっていて、あとは息継ぎとフォームさえ覚えれば、泳げるようになれそうな感じです。しかし、その息継ぎを教えるのが難しくて今日も苦労しました。夫は泳ぎがとても上手なので、長女が素直に夫の指導を聞いてがんばればできるようになるはずですが、親の言うことを素直に聞くタイプの子ではないので、そこがネックです。
 最近、親がわが子に教えてやれることの限界を痛感することが多くなってきました。体育が苦手な長女は、しょっちゅう先生から「家で練習してきましょう」と言われて帰ってくるのですが、私も体育が得意なほうではないから、マット運動とか、鉄棒とか、長縄跳びとか、サッカーとか、どう教えていいか分からなくて、漠然と練習を手伝いながら「ほらがんばって!諦めずにがんばればきっと!」などと、無責任な根性論みたいなことを言うくらいしかできず、その結果どんどん長女も憂鬱そうな顔になっていくのです。2人でそんなことをやっていても埒が明かないので、だれかの優秀な指導を仰ごうと、一緒にYouTubeで練習動画を探して観てみたり、若かりし頃にサッカー部だった父にラインで聞いてみたりもしました(その結果、母が撮影した父のキック練習動画を送ってくれました)。まだ小学2年生なので、今のところ勉強面はなんとか面倒見られているけれど、こちらもだんだんと難しくなってくるに違いありません。
 小さいころは、私がなんだってしてやれたけれど、これからどんどん、親にもできないようなこと、教え方が分からないようなことを、子どもたちは学んでいきます。そのとき、全部自分の力でなんとかしようとしても、それは絶対に無理だから、うまくいろいろな人や物の力を借りていく必要がでてくるのだろうなと思います。そうしないと、子どもがうまくできないことが全部自分のせいに思えて、責任の重さに潰されそうだし、なんとかせねばと思うあまりピリピリイライラして、長女を追い詰めてしまいそうです。だからとりあえず、水泳は夫に指導を任せ、サッカーは父に協力してもらって、マット運動や長縄跳びはYouTubeにあった分かりやすい指導の動画の力を借りて、私は応援係で、がんばります。
 実際、別にそんなになんでもかんでもできるようにならなくたって、できないことがあったっていいじゃないか・・・というのが本音なのですが、自分の子ども時代を振り返って考えると、学校生活を送っていくなかでは、できることが一つでも多くあったほうが、つらさ少なめ、憂鬱少なめで生きられるのかなと思うので、そのために最大限、力になってやりたいです。

2019年2月16日土曜日

うやむやにしきれなかった魂にロックンロールが手を差し伸べる

 気分が塞ぎがちなのを低気圧のせいにしていたけれど、昼過ぎから晴れてきて、明日は快晴になるそうです。次の理由を見つけるの先か、気分が変わるのが先か、どちらにしろ、いろいろなことが、ただうやむやになればいい。
 
 次女の生活発表会があって、母も見に来てくれました。母といると、私はペラペラよくしゃべります。あれもこれもととめどなくしゃべりたくなるのは、子どものころと変わりません。母もよくしゃべって、結局のところ、何についてしゃべっていたのか、あとから思い出そうとしても、たいして思い出せないのです。たぶん、現在過去未来の悲喜交々、道草だらけでとりとめもなく、そのなかに、慣れ親しんだ名前たちが繰り返し登場しているような、そんな内容です。
 人生初の発表会で、次女はとても楽しそうに生き生きと、歌ったり踊ったり演じたりしていました。いつもよりまばたきが多かったり、ときどき口をギュッとしたり、そこそこ緊張はしている様子でしたが、怖じ気づいてはいませんでした。次女だけでなく、クラスの子たちみんな、緊張よりも観てもらうことを楽しむ気持ちのほうが上回っている感じでした。きっと担任の先生が、うまい具合にみんなの気持ちをリラックスさせつつ盛り上げたのでしょう。わくわくほのぼの、本当にかわいい時間でした。終わった後、次女に緊張したかどうか尋ねたら、「1月からずっと練習してたんだから、緊張なんてしなかったよ!」と、胸を張っていました。立派! 去年の今ごろは、体験入園に参加して、どうなることやらとドキドキしていたのに、1年間で、たくさんの人が観ている前で歌ったり踊ったりできるくらい、立派な年中さんになりました。

 今日はすごくひさしぶりに大学時代の友人と電話でおしゃべりをして、そのせいか、大学時代によく聴いていた邦楽ロックを聴きたくなり、くるり、ASIAN KUNG-FU GENERATION、BUMP OF CHICKENなんかを聴いています。かっこいい曲って、イントロからもう最高にカッコいいです。ギターのイントロが印象的でかっこいい曲、大好きです。くるりの『東京』もアジカンの『君という花』も『リライト』もバンプの『天体観測』も、みんなイントロのギターが鮮烈で印象的でかっこいい! いつかロックのイントロのようなかっこいい短歌が詠めるようになりたいものです。
 友人との電話は、子どもの帰ってくる時間になったのであまり長い時間は話せなかったけれど、できることならまだまだたくさん話していたい気持ちでした。そんなふうに思える相手がいるというのは、しあわせなことだなあと思います。人と会話するのが苦手といいつつ、本当は、話すのが好きなのかもしれません。苦手というより、恐ろしい。一度口から出た言葉は取り返しが付かないから、それがとても怖いです。しかしもうとっくに大人で親なのだし、いい加減、克服しなければ。人と話すのは楽しいこと。恐ろしさより、楽しさのほうに目を向けていければ。

2019年2月12日火曜日

今日もまた翻弄される見つからないものと転がりでてくるものに

 連休最終日の朝、めったに雪の降らないこの町に、ささやかな雪が積もりました。テレビで雪国が映るたび雪遊びをしたいと言っていた子どもたちは飛び跳ねて喜び、寒さも忘れてパジャマを脱ぎ捨て、いつもの何倍もテキパキと着替えを済ませて、毛糸の帽子と手袋をして、ブーツを履いて、外へ飛び出しました。気持ちのはやる子どもに冬の準備をさせるのは大変です。アーノルド・ローベルの絵本『こぶたくん』に、ちょうどこんなお話があったなあと思いながら、ワタワタ準備しました。
 積もった雪は5㎝ほどで、道路のほうはすでにべちゃべちゃになっていたけれど、室外機や車のボンネットなどには真っ白な雪がたっぷり積もっていたので、敷地内にあるちょっとした広場で、その雪を使って遊びました。防水手袋が一つしかなくて、長女にぴったりのサイズだったので最初は長女がそれを付けていたのですが、普通の手袋を付けていた次女がまもなく冷たい冷たいと騒ぎ出したので、長女が防水手袋を次女に譲ってくれて、長女は普通の手袋を何度か取り替えながら遊びました。こういうとき、すんなり次女に譲ってくれるところなんか、お姉ちゃんらしくなったなあと思います。次女にとってはほとんど初体験の雪遊び、嬉しくてしかたなかったみたいで、べちゃべちゃの雪の上を走り回って、最後には靴下もズボンもびしょ濡れになっていました。
 みんなで雪をかき集めて作った50㎝くらいの雪だるま、南天の実を目にして、葉っぱを口にして、小さな赤い目がちょっと異世界生物っぽくて怖かったけれど、かわいくできました。今朝の時点ではまだ解けずに残っていたけれど、今日は日射しが出ているから、次女が幼稚園から帰ってくるころには、もう解けてしまっているかもしれません。雪だるまのそばにあった、長女の作った小さな雪うさぎは、南天の目と葉っぱの耳だけ残して、もうすっかり解けてなくなっていました。雪の降らない町の雪遊びはかくも儚い。
 雪遊びのためだけに降ってくれたような、本当に、贈り物のようなささやかな雪でした。


2019年2月10日日曜日

君をもう何も知らないでも君の描く風景はよく知っている

 連休初日、ひさしぶりに車で遠出して、動物園へ行きました。5年近く前、次女がまだ赤ちゃんのころに一度行ったことのある福山動物園です。あの日は日射しの照りつける残暑でしたが、今回は雨の降り出しそうな真冬で、あの日ベビーカーに乗っていた次女は今回「ウサギさんどこかな!次女ちゃんがいちばん好きな動物は、ウサギさん!今日の髪もウサギさん結びだし!」と、園内でずっとウサギさん好きな自分をアピールし続け、あの日動物園より動物園のそばにある公園のほうに夢中だった長女は今回、動物園のそばにある池に浮かんでいたスワンボートに乗りたいと言い張りました。そしてやっぱり動物園に行く前に、公園で大はしゃぎしていました。3歳のころから、基本的な性格はまったく変わっていません。
 冬の動物たちは、南から来た動物なんかはとくに寒いだろうに、それでも私たちに、それぞれの今日を生きる姿をよく見せてくれました。天気があまりよくなかったので連休でもさほど混んでいなくて、じっくり巡ることができました。印象に残っている動物のゾーンへ行くたび、あのときはここでこうだったな・・・これ見てあんなこと言ったよな・・・この辺で次女がぐずりだしたよな・・・と、いろいろ思い出して、愉快な気持ちになりました。こうして同じメンバーで数年ごとに同じ場所へ来ると、その場所にまつわる思い出がパイ生地のように層になっていき、どんどん味わいが増していくものなのかもしれません。また次回行ったときは、どんなふうに味わいが増すか、楽しみです。
 夫は自分の好きな動物であるキリンが大接近してくれたことに興奮し、長女は動物そのものより地図とか建物の構造とか道順を楽しみ、次女はウサギさんのゆくえを探し求める自分を楽しんでいました。私は頭の中がまだハリーポッターでいっぱいだったので、爬虫類館でヘビを見つけるとすぐ、ヘビに向かってヘビ語でささやきかけました。長女曰く、ささやき声でゆっくり「シャウエッセン」と言うとヘビ語っぽくなるというので、「シャーウエッセーン」とささやいてみましたが、ヘビは寝ていたのか、びくともしませんでした。本来なら冬眠中の生き物だものな。これまで何人ものハリポタファンに謎の言葉をささやかれて、なんのこっちゃと思いながら生きてきたのだろうな。
 動物園を回ったあとは、長女の望み通り、スワンボートに乗りました。スワンボート、子どものころに乗せてもらったことがあるような気もしますが、すごくおぼろげな記憶なので、私にとってもとても新鮮な体験でした。1羽のスワンに4人で乗って、順番に足でキコキコ漕いで、たまにハンドルで操作して、池の中をぷわぷわゆらゆら、どこまでものどかなひとときでした。

 夜は、録画していた『ラ・ラ・ランド』を観ました。ヒットしたときから、ずっと気になっていたのです。最初はミュージカル独特のテンポと異文化っぽさについていけなかったけれど、物語が進んで主人公の夢と恋愛に焦点が絞られていき、登場人物の抱えている気持ちが分かってくるにつれ、テンポも文化の違いも気にならなくなり、登場人物にだんだんと共感していきながら楽しく観ることができました。最後の場面が、びっくりするほど切なくて、ああ最初の印象でやめずに最後まで観てよかったと思いました。
 こうして何か映画を観るたび、もっといろいろな映画をたくさん観たい!観よう! と思うのですが、映画をどう選んでいいか分からないので、テレビ放送などのきっかけがない限り、結局観ないまま過ごしてしまいます。私はどんな映画を観たいのだろう。まずそこから考えなくては。楽しくて優しくてたまにひねくれていて笑えて切ない物語が好きかな。

2019年2月7日木曜日

今ちゃんと胸が痛んでいるのなら言うことなんて聞かなくていい

 定期的に訪れる、長女のトゲトゲ期。今週は実に言うことを聞かない1週間でした。寒いときにはちゃんとあたたかい服を着てほしいのに、ことさらに薄着をして、まんまと風邪を引くのです。毎日、宿題が終わったらすぐに明日の時間割を準備してしまいなさいと言うのに、ダラダラ遊びながらやって、まんまと忘れ物をしていくのです。こちらの忠告を無視した結果ろくなことになっていないのに、まるで懲りないどころか、平気で言い訳を繰り出してくるのだから呆れます。
 学校でいろいろとストレスもあるのだろうから、学校から帰ってきたあとはなるべく優しく接してやりたいと思うのに、長女の言動を見ていたら、そんな思い一瞬で吹っ飛んで、気づけばあれこれ叱っています。たまには1日に一度も長女を叱らずに過ごしてみたいものです。寒い日に薄着をせず、制服を脱ぎっぱなしにせず、ドアを開けっぱなしにせず、宿題のあとスムーズに明日の準備をして、ご飯をお行儀良く食べてくれさえすれば、叱られることなんてほとんどなくなるだろうに、なぜ毎日、彼女はそのすべてを、叱られるまでしないのか。叱られることが、ちっとも嫌ではないのだろうか。
 ハリーポッターと同じ髪になりたいと言って髪をバッサリ短く切った彼女は、それによって幼さと生意気さが同じくらい際立ち、両方のほっぺたで張り合っています。セーターやタイツは素直に着用してくれない長女ですが、ハリーポッター風マフラーだけは毎日ちゃんと巻いて学校へ行ってくれるので、それが救いです。つくづく編んでよかったです。私の着せたがる服を拒絶する程度には生意気で、私の編んだハリーポッター風マフラーを喜んで巻いていくくらいには幼い、8歳の心は難しいです。