2019年9月18日水曜日

白すぎてもうかぶれない君がいた世界で私に似合った帽子

 学校から帰ってきた長女の第一声が「今日はね、給食がね・・・」だったら、それが美味しかったという報告であれ、あんまり好きじゃなかったという報告であれ、ひとまずはホッとします。その日は良くも悪くも給食以上に彼女を惑わすものがなかったということなのだろうから。細かい出来事はほかにもいろいろとあったのだろうけれど、少なくとも、私の顔を見てまず口から出てくることが給食ということは、まずまず平和な1日だったのかなと思って、眉間に軽く皺を寄せながら給食と向かい合う長女の姿を思い浮かべます。
 それから、次女が幼稚園から帰ってきて靴下を脱いだとき、そこから砂がこぼれたら、ホッとします。靴下に砂が入るくらい、夢中で楽しく遊べたのだなということが、それだけでわかるから。砂が部屋に散らばるのは困るので、いかにも汚れていそうなときはお風呂場で脱いでもらいながら、どんな遊びをしたのか尋ねます。年長児らしく園庭を悠々と駆け回って、毎日いろいろなことをして遊んでいる姿が目に浮かびます。
 明日の給食が美味しければいい。明日がお外遊びのしやすい気候ならいい。

2019年9月17日火曜日

るーみっく大好き

 10月と11月にNHKのBSで、高橋留美子の全作品を扱った番組をやるそうです。るーみっく作品大好きなので、これは大変!これは楽しい!絶対に見なくては。作品やキャラクターの投票も受付中と知って、誰に投票しよう何に投票しようと、ひゃっひゃか浮かれて悩んでいます。こうなったら全作品読み返すしかないな。本気で実家から全部取り寄せたいです。
 まずキャラクターはどうしよう。みんなのことが大好きでたまらないけれど、選ばなくては。『うる星やつら』なら、なんといっても面堂終太郎。彼ほど私を魅了したキャラクターは他にいません。一時期は彼のこと以外考えられなくなるほど熱烈に惚れ込んでいました。『らんま1/2』は、選ぶとしたらやっぱり小学校のころ憧れて修行の真似をしまくった乱馬かな。良牙も同じくらい大好きだし、大人になってからあかねちゃんの可愛さにも気づきました。右京もシャンプーも可愛いし、九能先輩も大好きだし、ああ、やっぱり選べない。
 私にとって恋愛のバイブルである『めぞん一刻』は、読んだときの状況によって感情移入するキャラクターが見事に変わるので、選べません。今なら誰だろう。保育士になった五代先生にうちの幼児の面倒を見てもらいたい。ついでに小学3年生のほうの子の家庭教師にも来てもらいたい。そして面倒を見てもらっているあいだ三鷹さんのテニススクールでコーチしてもらって、朱美さんのお店で一杯飲んで帰りたい。ああ、あの世界へ行きたい。『犬夜叉』はどうだろう。なんだかんだで、弥勒様かな。神楽のことも好きだったなぁ。
 作品投票については、どの作品も一番大好きだから、投票できそうもありません。困った。それぞれ違ったベクトルで思い入れがありすぎるのです。歌もエピソードも、選ぼうとするとやっぱり選べない。選べない!ああ、好きすぎて選べない楽しさ。今日はこの楽しさを抱いて眠ろう。

2019年9月16日月曜日

「先生も昔その本読んだよ」と言われて文字がもどかしく舞う

 長女は自分が読んでいる本について、大人から「その本、自分も子どもの頃に読んだなあ」と言われるのが、なぜだかとても好きです。私や夫がそう言うと「何歳のとき?どうだった?どれぐらいかかった?」と、わくわく質問してきます。自分の読んでいる本を、目の前の大人がかつて子どもだったころに読んでいたというのは、そんなにも心躍ることなのか。長女の頭の中で、世界がタイムスリップするのだろうか。
 この前は、学校の図書館で借りた本について担任の先生から「それ、先生も子どものころ読みよったで、面白いよなあ」と言われたらしく、学校から帰ってランドセルを開けるなり「あのねこの本ね先生もね」と、教えてくれました。よほど嬉しかったのか、その本は何度も読み返しているようです。
 私が長女に「昔その本読んだわ」といえる本が、あと何冊くらいあるのでしょう。いつか長女に読んでほしいと思う本ならまだまだいっぱいあるけれど、長女はそれらを手に取ってくれるかな。そういえば私も長女に「お母さん子どもの頃その本読んだわ」と言うとき、なんとなくわくわく楽しい気持ちになっている気がします。なんだろう、これは、同じ秘密の冒険を共有するような楽しさなのかな。


 私を悩ませることの一つに、長女の日々の自宅学習タイムがあります。2年生までは通信講座(ドラゼミ)をやっていたのですが、サービス自体が終わってしまったため今は何もしておらず、宿題だけではなんとなく不安で、3年生になってからは市販の問題集を買ってやらせるようになりました。
 しかしこれが、なかなかスムーズにいきません。これまで、その日の帰宅時間や宿題の量によって、これならやれるかなというものを私が選んで、長女が宿題を終わらせたあとに「じゃあ今日はあとこれとこれをやろうか」と提案していたのですが、どうもその方式だと、「えーいやだーもうやりたくないー」と言うことが多く、うまくやる気を引き出せなくて、あるときはむりやりやらせたり、諦めてやらせなかったり、定まらないまま1学期が終わりました。
 2学期になると、習う漢字もますます複雑になるし、算数もあまりのあるわり算やらかけ算の筆算やら分数やら小数やら、ちょっと難しくなってきます。今のところはついていけているけれど、このままの勉強スタイルではやはり不安です。そこで自宅学習の方法について書かれているブログなどをいくつか読んで、1週間単位の計画表を作ってみることにしました。計画表を作って予めその日やることを視覚化しておけば、私も毎日悩まずに済むし、長女も気持ちを作りやすいのではないかと思ったのです。
 試しに作ってみた今週の計画表を長女に渡したら、「宿題終わったあとに、次はこれって言われると、終わりがないように思えて嫌になるから、このほうがいい」と言いました。実際、視覚化すると、たったこれだけのことなんだなと思えて、私も気が楽になりました。何もそんなに長時間大量の問題集に取り組ませようとしているわけではないのです。ただちょっと宿題にプラスアルファでがんばって、勉強の自信と習慣を付けたいだけなのです。やり終えたところにはスタンプを押して、終わったことも視覚化し、達成感を得られるようにしようと思います。
 果たして、どうなるか。親が勉強を見てやれるのなんて今のうちだけだから、中学以降、何か目標ができて積極的に勉強したいと思うようになったとき苦労しないよう、地固めの今は精一杯サポートしてやりたいです。

2019年9月14日土曜日

魔法ってやっぱりとける信じれば信じるほどにきっぱりとける

 まだ日中は暑いけれど、今日はおにぎりを携え車に乗って、山の向こうの公園へ行きました。空は青く澄み、白い雲がぽくぽく浮かんでいて、山のところどころに雲の影が横たわっていて、色合いもスケールも、なんだか長新太の絵本の世界でした。
 夏のあいだは暑すぎて公園でなんて遊べなかったので、ひさびさの公園遊びに、子どもたちは大喜びで、車から降りるやいなや広場のほうへ駆けていき、目当ての遊具に飛びつきました。もうずっとそばに付いていなくても、離れたところで見ていれば大丈夫になったので、公園遊びも楽になりました。芝生をソリですべるコーナーもあって、子どもたちは汗だくになりながら何回も何回もすべっていました。大汗をかいたあとは噴水を浴びてびしょ濡れになり、テントの中で服を全部取り替えました。噴水のある公園だということは夫が下調べして知っていたので、あらかじめ着替えを持ってきておいて大正解でした。
 着替えてさっぱりしたあとはテントの中に簡易テーブルを出してランチタイムです。そろそろ公園遊び歴も長くなってきたので、テントやらテーブルやら、公園で快適に過ごせるグッズがいつの間にかいろいろと揃いました。これからもっと涼しくなってきたら、毎週のように活躍することでしょう。
 公園内では、なぜか真夏の海岸や冬のスキー場のようにずっとJ-POPがかかっていました。公園に到着して最初にかかったのがちょうどB'zで、それは私の知らない新しい曲だったのですが、最初のイントロ3音を聞いた瞬間、なんかこれすごくB'zっぽい旋律だな・・・松本さんっぽいギターの音だな・・・と思ったら本当に稲葉さんが歌い出したので、心の中で自分で自分に拍手を送りながら、ニヤニヤとテンションが上がりました。私すごい!たまにはすごい!
 帰りはもうみんなくたくたでした。グビグビ水分補給をしながらぐったりしていたら、ビートルズの『Words Of Love』がかかって、ふわぁと一気に幸せになりました。この曲のMV、可愛らしくて平和で4人とも楽しそうで、大好きです。
 たっぷりすぎるくらい日射しを浴びて、すてきなタイミングで好きな音楽に出会えて、長新太のような景色の中でおにぎりを食べて、とてもひさしぶりに穏やかな心で過ごすことのできた1日でした。GABAのココアとセントジョーンズワートという心を穏やかにするサプリメントをこの1週間くらい毎日飲むようになったから、それも少しは効いてきたのかな。プラシーボ効果かもしれないけれど、穏やかでいたいから、とにかく続けてみます。

2019年9月13日金曜日

Siaと娘

 最近よくSiaを聴きます。完全に私の勝手なイメージですが、『Alive』のMVに出てくる女の子は次女を見ているような気持ちに、『Chandelier』の女の子は長女を見ているような気持ちになります。どちらも音楽と合っていて大好きなMVです。鋭い眼差しでキビキビと力強い空手をひとり披露する女の子と、閉ざされた空間で何かに抗うように動き回り不安定な表情で踊る女の子。どちらの女の子にも、それぞれの頑固さと脆さがあって、一筋縄ではいきません。背が伸びていくに従って、根や枝の形がどんどん複雑になっていくのは植物も人も同じなんだなと、娘二人を育てていて思います。これからますます複雑になっていく中で、このMVに出てくる女の子たちのように、自分を表現するすべを、子どもたちも何か見つけられるといいな。